
−アメリカの戦争と日本の加担を許さないために−
| 2003年7月12日、大阪市中央区のエルおおさかで講演会、「豊田直巳が語る空爆と占領下のイラク」を開催し、おかげさまで約100名の方々が参加してくださいました。 豊田直巳さんは、イラク戦争の直前からイラクに入国し、イラク戦争を取材し続けてきたフォトジャーナリストです。つい最近、イラク現地での再度の取材を終え帰国されたばかりでした。 沖縄から大阪入りした豊田さんは、冒頭「沖縄の空港から見た自衛隊基地にはヨルダンへ派遣されるC130輸送機が止まっていましたが、垂直尾翼は白く塗られており『UN』と書かれていました。なぜ機体全部が白ではないのでしょうか。自衛隊が行くという事を知らしめる以外の何ものでもない気がします。日本のあり方を考えていかなくてはいけない時が来ています」と語り始めました。 20分ほどの発言の後、豊田さんが撮影してきた写真のスライド上映が始まりました。 空爆で犠牲となった男性の写真を映しながら、「イラク戦争が始まる前、最後通告でタイムリミットは48時間とブッシュ大統領は言っていましたが、その3時間前にアメリカの空爆によってヨルダン人が犠牲になっていました。最初から何がなんでも戦争を開始するつもりだったのです」。 クラスター爆弾の写真を背景に、「某新聞記者が持ち込んで話題となったクラスター爆弾。私はそれをバクダット市街の至るところで見ました。幼稚園の庭や、学校の校庭にも落ちていた。なぜ落とした側の責任は問われないのでしょうか。大人が拾うものは当然子供も拾います。被害はどんどん広がっているのです」。 |
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劣化ウラン弾の写真を示しながら、「これから想像もできないような被害が出るかもしれない」という豊田さんの言葉は強い説得力を持っていました。 豊田さんは、「米軍であろうとイラク軍であろうと軍隊は軍隊しか守らない。戦争で犠牲となるのは、最も弱い立場の人々です。私が世界の戦場に行って感じてきたことです。有事法制やイラク派兵法などの日本の動きはとても危険です」と締め括りました。 マスメディアではほとんど報道されない話に参加者は真剣に聞き入り、その後の質疑応答も活発に行われました。 続けて労働組合、市民団体からの発言を受けました。多くの皆さんが、「豊田さんの話を聞いていろいろと真実を教えてもらった。この真実をもっと伝えていき、運動を広げていきたいと思うのでがんばりましょう」と決意を語っていました。 最後に、全港湾大阪支部の山元さんから、自衛隊のイラク派兵を止めるためにより一層がんばりましょうという行動提起を受けて、この日の講演を終えました。 |

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☆豊田直巳さんのホームページはこちらです。参考までにご覧ください。
http://www.ne.jp/asahi/n/toyoda/
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